テンプルこぼれ話

テンプル大学ジャパンキャンパス 広報部blog


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テンプルジャパンのNon-traditionalな人たち(5)――戸上博司さん(学部課程在学中) ITスキル+経営学→農業の道を目指す

シリーズ5回目は、2012年春からテンプルジャパン学部課程に在学中の社会人学生、戸上博司さんにお話を伺いました。戸上さん

――テンプル入学までのご経歴を簡単にお願いします。

東京の高校を卒業したあと、福島県郡山市に当時できたばかりのテキサスA&M大学日本分校に入学しました。英語研修課程を修了して米国本校に留学、遺伝子学を勉強していたのですが、考えがあってコミュニティカレッジに転校し、コンピュータを専攻して卒業しました。1997年に帰国してアニメーション会社にエンジニアとして就職し、その後13年間、同社でIT関係の職務を歴任しました。当時はインターネットの急速な普及・成長とともに仕事の幅も広がっていったのでおもしろかったですね。2011年、友人と起業する予定で退職したのですが、諸般の事情で中止せざるを得ず、悩んだ末大学に戻って学士号をとろうと決心したのです。

大学選びについては、以前に米国で取得した単位が移行できることが前提でしたが、再度留学するのは費用もかかるので、日本にある米国大学テンプルジャパンというのは自然な選択だったと思います。久しぶりで受験したTOEFLの点数はなんとかクリアでき、2012年の春、ストレートに学部入学しました。

――十数年ぶりの大学生活、いかがですか?

入ってみたら周りの日本人の英語レベルが高くてびっくり(笑)。2年目になりますが、いまだに英語とは格闘しています。以前に米国大学の経験はあるというものの、エッセイの書き方などはTLC(Teaching and Learning Center)のチュータリングを活用したりして、勉強しなおしています。

以前の大学の単位をかなり移行できたとはいえ、最初の1年は教養科目が中心で、先学期からやっと専門科目がメインになってきたところです。でも教養科目のなかでも、(哲学などを学ぶ)知的遺産研究(Intellectual Heritage)や人類学、歴史などは、とても面白かったですね。高校卒業したての若い学生にとっては「退屈な」科目かもしれませんが(笑)、いまになって勉強すると、人間として非常にタメになる内容だということがわかります。

――ご専攻と将来の計画を教えてください。

専攻は最初から国際ビジネスと決めていました。実は以前から農業に興味があって、テキサスA&M(Agricultural and Mechanical)大学に進学したのもそういう背景があったのですが、テンプル卒業後はその夢に戻って、農業あるいは食品関係の仕事に携わりたいと考えています。もともと持っているITスキルに加え、経営・ビジネスの知識があれば、高齢化やTPP加盟などで急速な変化の時代を迎えている農業の分野で、大きな力を発揮できると思うのです。すでに農業研修を受けるなどして、そちらの勉強も進めています。

とはいえ、これから行う必修インターンシップでは、インターンでしかできない経験、たとえば大使館などの仕事がしてみたいですね。それもメジャーな欧米系でなく、マイナーな国の小さなところがいい(笑)。就職部にはこれから相談してみるつもりです。

――国も戸上さんのような「社会人の学び直し」を奨励しようとしていますね。

仕事をしている人が大学・大学院に戻るというのはなかなか勇気の要る選択ですから、軽々しく勧められるものではありませんが、勤務先のバックアップがあるとかなり違うと思います。大学側も企業と提携するなどして、また学位でなくてもサーティフィケート・プログラムなどを通じて、社会人の学び直しへの支援が増えるとよいと思います。

――テンプルジャパンの良さはどんなところに感じていますか?

郡山のテキサスA&M大日本分校は100%日本人で、テキサス本校に行ったら今度はほとんどアメリカ人でした。テンプルジャパンのような学生のバラエティはすばらしいと思います。実際、こんなにいろんな人がいるとは想像しておらず、入ってみたら年齢も国籍もほんとうにバラバラで驚きました。最初は、日本人同士で固まらないようにしようとか意識していたのですが、今はもう誰が●●人でも関係ないって感じですね(笑)。こんな環境はなかなか他にはありません。ここで知り合った人たちとのネットワークは、将来の大切な財産になると思います。

これから大学進学を考える若い人には、とにかく「英語をやっておいて損はない」と伝えたいです。たとえ外国に興味がなくても、国際的な企業に就職するつもりがなくても、「英語」ができることで人生の選択の幅は格段に広がるはずです。

ちなみに、昔の米国留学時代の日本人の友人からは、アメリカの大学に復学したことを羨ましがられているんですよ。彼らはみな一から英語を学んで米国大学に入学し、ものすごく大変な思いをして卒業したわけですが、それでも今なお大学生活に憧れるのは、彼らの長い人生のなかでも大学での日々は何物にも代えがたい貴重な経験だったからでしょう。アメリカの大学に進学するということは、それだけ大きな意味があるのです。

「経済的には少しでも早く卒業したほうがいいのですけど(笑)、いまは学生というステータスを満喫しています」という戸上さん。そう、社会人に戻ったらなかなか長い休みはとれませんからね。それに、勉強していると「充実しているせいか1年がとても長い」のだとか。その充実の日々で学んだことを卒業後に生かし、農業という国の根幹を支えるフィールドで活躍されることをお祈りしています。(中川)

テンプルジャパンのNon-traditionalな人たち(4)―原田美奈子さん(学部課程在学中)  航空会社勤務から子育てを経て大学へ

テンプルのNon-traditionalな人たち (3)―デボラ・ドナートさん(2013年9月卒業)

テンプルジャパンのNon-traditional な人たち(2)― 本多裕美子さん(2012年卒業)

テンプルジャパンのNon-traditional な人たち(1)―玉置元哉さん(Academic English Program学生)


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テンプルジャパンのNon-traditionalな人たち(4)――原田美奈子さん(学部課程在学中)  航空会社勤務から子育てを経て大学へ

社会人学生ご紹介シリーズ4回目は、2012年秋からテンプルジャパン学部課程に在学中の原田美奈子さんにお話を伺いました。原田さん1

――入学までのご経歴を簡単にお願いします。

東京の短大で観光学を学び、1992年に卒業後、日本アジア航空(当時)に入社しました。客室乗務員としてアジア各地を飛び回り、飛行時間は約6700時間にも達しました。途中の2001年、休職制度を使ってコロンビア大学の英語研修課程に1年間留学。英語に磨きをかけつつ、大学の近くにある病院で長期間ボランティアとして働くこともできました。この病院ボランティア、子供に本を読み聞かせるというような仕事かと思って気軽に応募したのですが、いきなり集中治療室に配属されてびっくり(笑)。でもたいへんいい経験になりました。帰国後、復職して客室乗務の指導教官を務めていましたが、子供ができたのを機に2005年に退職。その後は、息子が小学校に上がるまでずっと子育てに専念していました。

――なぜテンプルに入学を考えたのですか?

子供が学校にいくようになって次のことを考える余裕ができたのですが、手は離れたといっても、やはりフルタイムの仕事に戻るのは難しい。とすれば、大学に戻ってちゃんと学士号をとりたいと思ったのです。実は以前からアメリカに留学したいという夢があったのですよ。ほんとうは短大卒業後に渡米したかったのですが、周囲に反対されて諦めたという経緯があって。コロンビア大学でも英語研修の後そのまま学部に進学することも考えましたが、ちょうど9/11のテロ事件と重なったこともあって、やはり帰国・復職の道を選びました。今回も、できれば夢だったアメリカの大学に行きたいけれど、家族を残して実際に留学するのは無理。ということで、テンプルジャパンを選んだのは自然な流れだったと思います。日本の大学にも社会人入学制度はありますが、まったく考えていませんでした。

――入学してからこれまで、勉強はいかがですか?

2012年の夏にAEP(アカデミック・イングリッシュ・プログラム)のProgram 3に入学して、次の秋学期には学部課程のブリッジプログラムに進学できました。アメリカの大学は勉強が大変だということは、コロンビア大でも見ていたので覚悟はしてましたが、実際は予想以上でした。ブリッジでは学部の科目を1コース履修できて、それがスージー・ジマーマン先生のHuman Sexualityのクラスだったのですが、これがまた厳しくて・・・(笑)。クラスはほとんどが外国人でしたが、最初のテスト1では私を含むクラスのほとんどが落第点だったんじゃないでしょうか(笑)。ネイティブの学生と一緒に行う最後のプレゼンテーションも、AEPで練習していたのとは比べ物にならないくらい大変でした。でも、がんばったおかげで最後はAマイナスの成績をいただいて修了できました。

家庭と両立しながらなので、今学期も2コースの履修にとどめていますが、それでも授業のない火・木も含めてほぼ1日中勉強しています。もちろん、家にホコリがたまらない程度の最低限の家事はしていますけれど(笑)。

――専攻は決めていますか?卒業後はなにを?

最初から心理学をやりたいと思って入学しました。子供を産んで育てているうちに、発達心理学に興味がわいてきたからです。また、子供の心理だけでなく、その「ママの心理」も研究したいですね。子供の虐待などいたましいニュースが後を絶ちませんが、追い込まれる母親の気持ちも理解できるところがあるのです。卒業したらスクールカウンセラーや児童相談員のような仕事で、人の助けになれたらと思っています。また、子供のバイリンガル教育にも興味があるので、テンプルのTESOLで勉強することも視野に入っています。

――社会経験がおありということで、若いクラスメートから相談を受けたりしませんか?

(航空会社で指導教官時代の原田さん)

(航空会社で指導教官時代の原田さん)

そうですね、とくに就職に関して相談を受けることは多いですね。

航空会社では教官として面接にも関わりましたから、企業の採用の基本的な流れとか面接時に注意する点など、経験の範囲でアドバイスしています。国際的な仕事では、いまやTOEIC満点は当たり前という時代。客室乗務のような接客の仕事なら、やはり見るのは「人物」ですので、学生時代に何をやってきたかを積極的にアピールできるといいのではないでしょうか。

――原田さんのように子育てが一段落したとき、次を考えて悩むママさんは多いと思います。「学び直し」という選択肢について、アドバイスがあればお願いします。

先学期Woman Studiesのコースをとったとき、先生がおっしゃっていた言葉が非常に印象に残っています。「日本の女性は(子供を産むと専業主婦にどどまっていることが多いので)、それまで受けてきた教育をまったく生かしていない。優秀な頭脳も知識も経験もあるのに、もったいない」というのです。本当にそのとおりだと思いました。私の周りにも学歴があって仕事の経験もあって優秀なママはたくさんいるのに、子供の食事、勉強、送り迎えと、まるで子供のマネージャーのような生活に甘んじていて、持てる能力を社会に還元できてないのです。

でも長いブランクのあと仕事に戻るには、やはり自信がないかもしれません。それならば、もう一度学校に戻ってスキルを磨く、という選択肢もあると思います。私は学士号が欲しかったので大学学部に戻りましたが、大卒の学歴があれば大学院にいくという選択肢もあるでしょうし、学位を目指さなくても生涯教育のような勉強の場はたくさんあります。「時間がない」という人も多いのですが、時間は作ればなんとかできるものだと思っています。

クラスメートからお姉さんのように慕われている原田さんは、試験の前などクラスメートを自宅に招いて勉強会をやることも多いそうです。きちんと勉強したあとは、いつも和気あいあいのパーティになるとか。子育てと両立しながら学士号を目指す姿は、学内外を問わず周囲にきっとポジティブな影響を与えていることでしょう。私もお話を聞きながら、原田さんの明るく前向きなエネルギーをひしひしと感じました。これだから取材はやめられません!(笑)(中川)

テンプルのNon-traditionalな人たち (3)―デボラ・ドナートさん(2013年9月卒業)

テンプルジャパンのNon-traditional な人たち(2)― 本多裕美子さん(2012年卒業)

テンプルジャパンのNon-traditional な人たち(1)―玉置元哉さん(Academic English Program学生)


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テンプルジャパンのNon-traditional な人たち(2)― 本多裕美子さん(2012年卒業)

テンプルジャパンの学部におられるNon-traditionalな、つまり(原則として)社会人の学生さんをご紹介するこの企画、あえてシリーズと銘打って自分の首を締めてしまったため、後続の取材先探しに各方面の協力を仰いでいるところですが、過去の資料をあたっていて思い出しました!この方。

昨年の卒業式で学部生を代表してスピーチされた、本多裕美子さんです。

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2012年4月に晴れて卒業された本多さんは二児の母。当時、卒業式特設サイト用にメールでインタビューさせていただき、その後実際にお会いする機会もあったのですが、その勇気と自信と謙虚さに私は心底感動したのを覚えています。

海外在住経験ゼロの彼女が、英語研修課程から始めて最後は成績優秀で卒業するまでの5年間には、人一倍の努力がつまっていました。ぜひこちらからインタビューお読みください

その後のご活躍の様子についても、機会があればぜひまたお話を伺ってみたいと思っています。(中川)


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テンプルジャパンのNon-traditional な人たち(1)―玉置元哉さん(Academic English Program学生)

(1)と書いたもののこれからシリーズになるかどうか不明ですが、これは基本的に学生紹介、なかでも米国大学でいわゆるnon-traditionalというカテゴリに属する方にクローズアップしよう、という野心的な企画です!

Non-traditional studentの定義は明確ではないようですが、日本でいう社会人学生とおおむね同義といってよさそうです。少し古いデータ(2007-2008年)ですが、米国大学の学部生のうち24-29歳が占める割合は13.8%、30歳以上は14.4%だそうで、あわせると3割近くになりますね。テンプルの数字は公表されていませんが、おそらく社会人学生の割合は日本の大学平均よりかなり高いと思われます。

さて、そんな「おとな」の学生さんご紹介企画、記念すべき第1回にご登場いただくのは玉置元哉(たまき・もとや)さんです。

Tamaki-san玉置さんは、京都の大学を卒業後、読売新聞社で20年間、記者・デスクとして活躍されました。4年ほど前に早期定年退職して独立、現在は翻訳家・フリーライター・ジャーナリストとしてお仕事中です。今年5月に、大学附属英語研修課程であるアカデミック・イングリッシュ・プログラム(AEP)に入学し、秋から学部課程のブリッジプログラムに進学予定とのこと。

テンプルジャパンでの日々を含めて様々な話題をご自身のブログ「バブルおやじの遊軍日誌」 に綴っておられますので、詳しいご経歴やテンプル進学までの経緯、そしてAEPのスパルタ教育の全貌(!?)については、ぜひそちらもご覧ください。

――大学に戻ろうと思ったきっかけと、今後の進路についてお聞かせください。

    早期退職して時間的・経済的なゆとりができたので、本格的に英語を勉強したいと思った。翻訳学校にも通ったし、イギリスに短期語学留学も経験した。もう英会話学校では物足りない。そこで、専門分野を英語で学べる大学がいいと思った。海外の大学へ行くことも考えたが、社会人として日本で仕事をしていて、いきなり4年間も日本を離れるのは難しい。日本の大学も調べたが、テンプルジャパンを選んだ理由は、やはりアメリカの大学の学位がとれることと外国人教員の比率が高いこと。来学期から学部課程のブリッジプログラムに進み、その後はコミュニケーション専攻を検討しているが、変更するかもしれない。メインキャンパスに短期留学してもいいし、もし海外で仕事や住む場所が見つかれば長期滞在してもいい。大学院進学もあり得る。いろいろな選択肢を考えている。

――社会人としての大学生活はいかがですか?米国大学は期待通りでしたか?

    まだ正規の学部ではなくAEPの段階だが、勉強量が多いのは予想どおり。社会人の場合は、仕事や家庭に割かなければならない時間も多いし、記憶力などは若い人にかなわないので、ついていくのは大変だった。でも大学に入っていちばんよかったことは、じっくり考える時間と機会があること。歳の離れたクラスメートといっしょに課題に取り組むのも、新鮮だし刺激的だ。一般論としていえば、社会人こそ学びが必要で、大学こそその場だと思う。職場を離れるにはそれなりのコストがかかるが、将来への投資と考えればよい。学び直しに国や企業の支援があるに越したことはないが、現実には難しい場合が多いから、やはりそこは個人ががんばるしかないだろう。

――AEPのクラスメートはほとんどが外国大学へ進学希望のはずですが、巷では日本人の留学が減ったと騒がれています。

    経済的に厳しいという事情もあるだろうが、日本人が留学しないいちばんの理由は、日本企業が留学経験者を生かしきれてないことだと思う。英語が操れる人材よりも、指示に対して「なぜ?」などと問い返さずに素直に従う人材のほうが、現場では歓迎されるから。そういう企業風土はなかなか変わらないが、なんとかしないといけない。最近の若者が「内向き」だとマスコミは喧伝しているが、必ずしもそうではないだろう。若いうちは基本的になにも知らないのだから、内向きも外向きもない。好奇心旺盛な学生というのはいつの時代にも一定数存在する。むしろわれわれ大人のほうが、内向きで硬直した社会を変革して、そういう若者の後押しをすべきだ。

――日本人が「使える英語」を身につけるには、そしてグローバル人材になるには、なにが必要だと思いますか?

    英語教授法に関しては門外漢だが、自分の経験からいうと、会話重視か文法重視かといった択一ではなく、講義を聴く、エッセイを書く、スピーチする、討論する、といった活動を通じて、「聞く、話す、読む、書く」のすべてを長時間かけて丁寧にやっていくことしかないのではないか。世界に伍してやっていくには、これら4技能の運用能力のほかに、よく言われるような教養あるいは一般常識、そして専門知識も大事。まずは個として世界に通用しなければならない。その上でのグローバル人材だが、それは結局グローバルな環境でしか育たないのではないか。つまり、いろいろな国、文化、民族の人とコミュニケーションを図る中で育成されていく能力だと思う。

――ありがとうございました。

元新聞記者の方に取材するというのはかなり緊張しましたが、質問への答えをあらかじめプリントアウトしてお持ちくださるなどのお気遣いをいただき無事終了。テンプルジャパン初期の1980年代の世相も知る玉置さんからは、いまのテンプルがどう世の中に訴えていくべきかなどのアドバイスも頂戴し、おおいに勉強させていただいた1時間でした。

これからもテンプルのNon-traditionalな学生のみなさんに、その知見を披露していただけるようなインタビューをしていければと思います。請うご期待。(中川)