テンプルこぼれ話

テンプル大学ジャパンキャンパス 広報部blog

卒業式で思ったこと

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少し間があいた報告になってしまいましたが、6月9日は大学としての一大イベント、卒業式でした

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テンプル大学としては126回目、ジャパンキャンパスとしては29回目ですが、私にとってはスタッフとして参加する7回目の卒業式。回を重ねるごとに、新入生のころからよく顔を見知った学生が卒業を迎えることも多くなり、年々感慨深さが増していきます。一人ずつ名前を呼ばれて壇上にあがる学生たちを見ながら、ここで仕事をしていてよかったと思う一日です。

各学位を代表して挨拶した4名の卒業生

各学位を代表して挨拶した4名の卒業生

修士・博士課程の卒業生はみなさん社会人ですから、学業と仕事と家庭を必死の思いで両立し、晴れてこの日を迎えた人ばかり。代表スピーチを聞いていると、毎年のことながら「すごいなあ」という言葉しか出ません。

一方、学部の卒業生は、昨年の夏・秋に修了して現在すでに仕事中という人も多いものの、ほとんどが社会人フレッシュマン。みなさん、これからの活躍が期待されます。

さて、大学で受けた教育を自分への「投資」とみなせば、今後それをどう「回収」していくか考えることになるでしょう。その際はおそらく、収入という経済的な物差しで計るのが一般的でしょう。

でも教育の価値はそれだけではないと、みな心の中で思っていますよね。

セオボルド総長

セオボルド総長

セオボルド総長が卒業式の基調講演の中で、その価値について改めて語っていました。こちらからぜひその抜粋を読んでいただきたいのですが、キーワードは「Global Citizenship」だと思われます。

このCitizenshipという言葉、昨年のジャパンキャンパス30周年記念シンポのテーマにもなった言葉なのですが、これが大変和訳しづらい。辞書を引けばたいてい「市民権」と出てくるので、どうしても「権利」のイメージですが、米国のリベラルアーツ教育の文脈では、むしろ「責任」のウェイトが高いような気がします。苦しまぎれに「市民性」と訳していますが、長い言葉で説明するなら、「社会にどれだけ還元し、共同体の利益に貢献できるかを考えて、責任ある行動をとる」のがgood citizenであり、そういう資質を指してcitizenshipという意味合いなのではないかと思います。

テンプル大学創立は1884年。当時の共同体といえば、自分の属する町や州、あるいは国のレベルで考えればよかったかもしれません。でも21世紀を迎えたいまは、まさに地球市民として、地球共同体の利益を考えなければならない時代です。

テンプル大学は、そういうグローバル・シチズンの育成を使命としている、というセオボルド総長のスピーチを聞いて、テンプルという選択が正しかったことを改めて認識した人は、私を含めて、多かったのではないでしょうか。(中川)

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