テンプルこぼれ話

テンプル大学ジャパンキャンパス 広報部blog

「二つの人生」 村本博之さんを偲んで

8件のコメント

先週土曜日、日本人カメラマンがタイ・バンコクでの軍・警察部隊とデモ隊との衝突を取材中、銃撃を受けて死亡したというニュース。亡くなった村本博之さんは、テンプルジャパンの卒業生でした(1988年卒)。

自らもテンプル卒業生で、現在アート学科准教授の渡部真也先生は、1987年、大学1年のとき村本さんとクラスで知り合い、その後も一緒に仕事をするなど、友人として長いお付合いをしてきました。今回の悲報を受けて真也先生から寄せられた手記を、以下に掲載いたします。(中川)

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「二つの人生」

同窓生の皆様、結局のところ、今回のことについて、私に何ができるのか自分でも分からなくて、彼のことを思い出しながらこの文章を書きはじめています。

もともと、ヒロに会ったのは、1987年、大学一年生の時でした。必修の数学のクラスで出会ったのだと思います。彼の人なつっこい性格もあったのだろうし、お互い、同じようなことに興味を持っていたこともあったのだと思います。私たちは、すぐに仲の良い友達になり、遊びにいったり、イベントを企画したりというようなことを、一緒にすることになりました。

たまたま、友人が紹介してくれたバイトを一緒にすることになり、アメリカのネットワーク・テレビのNBC News 東京支局というところで同じ仕事をしていました。その後、彼は、クリスチャンサイエンスモニターという会社にカメラアシスタントとして就職し、私は、大学に通いながら、そのままNBC Newsで働くことになります。

私は、仕事をしながら大学に通い、最後はテンプル大学の本校のフィラデルフィアに留学したりと、10年程、卒業するのにかかったのですが、やっとのことで大学を卒業して日本に帰ってきたことを一番喜んでくれた友人がヒロでした。「10年もかけて大学を卒業出来る人はなかなかいないよ。普通だったら、途中であきらめる。偉いよ。俺が今日はおごるから、飲もう!」と祝ってくれました。 

私は、その後、通信社に職を得て、これからの人生についていろいろ考え始めます。そして偶然にも、少しして、ヒロが、同じ職場にカメラマンとしてやってきました。1995年の日本は、神戸地震、地下鉄サリン事件が起きたばかりで、ニュースが沢山ありました。私たちの取材するものは多く、アメリカのネットワークをはじめ、いろいろなテレビ局で放送されました。

支局から、何か取材したいものを提案してみないかと聞かれ、50年後の原爆というテーマで、ドキュメンタリーを撮りたいと申し出たところ、提案は受理され、ヒロと特派員と私の3人で、広島に一週間、取材に行きました。

ヒロも私も、映像というものに傾倒していたこともあり、広島で原爆が投下された日に撮影された一枚の写真を手がかりに、そこに写っていた人、撮影した人を追いかける形で、ドキュメンタリーを撮影しました。被爆者の方とのインタビュー撮影中に、ヒロと特派員が感情移入していしまい撮影できなくなってしまったことが記憶にのこっています。

このドキュメンタリーは、通信社としては珍しい形だったと思いますが、ニュース素材としてではなく、特派員のナレーションを付けた形で、一つの形あるストーリーとして世界中のテレビ局に配信され、沢山の人に見てもらうことになりました。ヒロにとっても、自分でほとんどの撮影を担当した、最初のドキュメンタリー作品だったと思います。

その後、いろいろ悩んだあげく、私は大学院に進み、現在のような、大学で教えながら作品を作る形を模索しはじめました。彼は、そのまま、通信社でカメラマンを続けることになります。

ヒロとは、機会があれば、お互いの何とも違ってきた人生を励まし合う仲でした。私は、いつか彼を通信社から連れ出して、また一緒に仕事をしたいと、いつも思っていました。

カメラマンとして、そして人間として、彼が撮影対象に向ける純粋な気持ちと愛情は、とても素晴らしいものがあり、さらに、その彼の気持ちは周りで働いているスタッフにも、いつも向けられていました。大変な現場でも、現場以外の場所でも、私は、彼の人間性にいつも助けてもらっていました。

そのヒロが、バンコクで取材中に命を落としました。

彼には、大切な家族がいます。時間を戻せるなら、私が代わりにタイに取材に行きたいという気持ちでいっぱいです。

同窓生の方で、ヒロ(村本博之さん)のことを誰かと話したい方がいらしたら、私までメールをいただけませんか。watanabe@tuj.ac.jpがメールアドレスです。よろしくお願いいたします。

渡部真也

テンプル大学ジャパンキャンパス

アート学科准教授

「二つの人生」 村本博之さんを偲んで」への8件のフィードバック

  1. テンプルからのメールで村本さんがTUJの卒業生ということを知りました。直接お会いしたことはありませんが、1988年から在籍した卒業生として、そしてメディアに関わる者として村本さんのご冥福をお祈りいたします。

  2. 同じTUJの同窓ということ、
    そしてインターン先のロイタージャパンでご一緒させて頂いたこと...。

    このニュースを知り、またご家族やご同僚の方々、近しいご友人方のことを思い、大変心が痛みます。

    フィラデルフィアの地よりご冥福をお祈りいたします。

  3. 新聞やニュースで村本記者死亡と報道されているのを見ていた時はまさかそれがヒロだなんて全く思いもしませんでした。

    卒業後、渋谷のBunkamuraで開催されたロバート・キャパの写真展を主人と見に行った時に、Prof. Watanabeと一緒に見に来ていたヒロにばったり会ったことがありました。それが最後でした。キャパのようにカメラを手に戦火に散るなんて・・・。

    同じ小学生の子ども2人を持つ母親として、奥さま、お子さんたちのことを思うと胸が痛みます。

    With my deepest sympathies to Hiro’s family and friends,
    Lisa

  4. 同窓生の皆様、2002年度卒業生のタカハシ マリコです。

    私は、ロイターでのインターンシップで村本さん(ヒロさん)に大変お世話になった一人です。今回のニュースを聞き、私も大変ショックを受けております。
    当時、社会にでたこともなく、何もわからない私に対して、ヒロさんは、同じ大学出身の後輩、そしてシンヤ先生の教え子ということでとても親切にして下さいました。
    ヒロさんにはいろいろな興味深い取材に同行させてもらいました。
    中でも印象深かったのは、ちょうどアフガンのニュースなどで暗い話題が多い時期に、ヒロさんが上野動物園へ行こう!とおっしゃって、ヒロさんと二人で上野動物園の鳴きまねコンテストの取材に行きました。私は、どうして他にもいろいろと取材対象があるのに、今日上野動物園に行くのかな?と思ってしまいました。
    その後、なんとその映像がロイター全支局のBest of the Weekに選ばれ、社内ニュースにも二人の名前が載りました。それは、その週に世界各地のテレビ局でヒロさんが撮ったこの上野での映像が一番使われたということでした。暗いニュースばかりの中で、世界中の人が彼の撮った映像で心を癒されたのだと思います。
    他にもいろいろと時には厳しく、そして優しく教えていただきました。絶対に忘れません。 心からご冥福をお祈り申し上げます。

  5. Dear Alumni,

    As a former teacher and Associate Dean at TUJ, I would like to extend my deepest condolences to Hiro Muramoto’s family and friends. All of the TUJ students are special to me and this is, indeed, a sad time for the TUJ community.

    Sincerely,

    William J. Young
    Associate Dean (1988-1995)

  6. 村本博之さんの通夜が17日(土曜日)午後6時から、葬儀・告別式が18日(日曜日)午前10時半から行われます。喪主は妻の恵美子さん。場所は、東京都青山葬儀所(東京都港区南青山2-33-20)http://www.aoyamasougisho.jp/となります。

    同窓生の間で、「テンプル大学 友人一同」の弔花を送りたいと話し合いを進めております。ご協力していただける方は、watanabe@tuj.ac.jpまで、ご連絡をいただけませんか。

    沢山のメール/メッセージ、ありがとうございます。同窓生のテリー寺嶋さんと、ヒロのいろいろなエピソードをまとめられないだろうかと検討中です、ご協力していただける方は、watanabe@tuj.ac.jpまで、ご連絡をいただければ幸いです。

    よろしくお願いいたします。

    渡部真也

  7. I would like to extend my deepest sympathy to his family, friends, TUJ alumni, and his coworkers.

    I did not know Mr. Muramoto personally, but as a fellow journalist I learned of his sad news on the wire copy crossing my desk here in Washington, D.C. It was eerily to read an urgent saying a journalist killed then shortly after learning he was Japanese, then TUJ alum.

    Shinya sensei, thank you for a very touching note.

    Best regards,

    Saeko Komura Robinson
    TUJ (2001-2002)
    2005 Graduate of Temple SCAT

  8. 信也飲みに行こうぜ、連絡くれ

    090-9840-3001

    よろしく

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