テンプルこぼれ話

テンプル大学ジャパンキャンパス 広報部blog

『留学体験』対談シリーズ 番外編 第3弾

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Vol.1 [新しい環境に慣れるにはクラッシュコースが一番!]

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テンプルジャパンのスタッフは
日本人でも留学経験のある人がたくさんいます。
海外に行って、ときに悩み、楽しみ、そして、ときに苦しんで
日々を乗り越え貴重な体験をしてきた人たちだと思います。

そんなスタッフの留学体験談がテンプルジャパンで学ぶ学生や、
これから入りたいと考えている方たちにすこしでも参考になれば・・・。
このシリーズは、そんな思いで企画されたスタッフの「留学」ぶっちゃけトーク集です。

≫第一弾はこちらから https://tujcomm.wordpress.com/2009/04/20/
≫第ニ弾はこちらから https://tujcomm.wordpress.com/2009/05/29/
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今回はアドミッション・カウンセリングで海外担当のカウンセラーをしているNinaさんをゲストに迎えてインタビュー。 アメリカ人と日本人の両親を持つ彼女は、真のバイリンガルです。小学校2年まで日本で過ごし、その後渡米。アメリカで大学卒業後、2年程働いた後、かねてから再訪を希望していた日本へ。日本の英文雑誌のエディターを経て2年前にTUJに就職し現在に至ります。TUJでは入学希望者に、日本での生活に関する様々な質問に答えたり、実際の入学までの細かなサポートを担当しています。(実際は英語と日本語混ざり合う内容でしたが、ここでは日本語表記にしています。)
W. Watanabe:
Ninaは日本には小さい頃しかいなかったのに、
日本語も堪能ですよね。日本の学校には行ってないの?

Nina:
1年生の初めの半年だけ日本の普通の小学校に通って、
それから清泉インターナショナルスクールで小学校2年まで。
でも、渡米してからは家でも英語を話すようになって、
3ヶ月で日本語が全く話せなくなっちゃって・・・。
聞くのは分かったんだけどね。

また日本語を話せるようになりたかったから、
大学でまた勉強したんです。漢字も結構勉強しました。
もともとは建築が専攻だったんだけど、思っていたよりも面白くなくて・・・。
3年の時にメジャーを決定するときに日本語に専攻を変更したの。

W. Watanabe:
そっか。
メジャーを途中で変更できるって、アメリカの大学の良いところだよね。

ウェブマスター渡辺:
そういえばNinaの大学は、確かUW(ユーダブ: University of Washington)だよね?
実は僕、行ったことあります!

Nina:
Really? When!?

ウェブマスター渡辺:
大学を卒業した後、UWの建築コースに進学を考えたこともあって、
一度見学に行ったことがあります。
もしかしたらキャンパスで会っていたかもね!?
行ったのは・・・確か、95年くらいだったかな。

Nina:
・・・・その時私、まだ高校生だったよ。(笑)

ウェブマスター渡辺:
・・・(ショック)!?えっ!
Ninaっていくつだっけ!?

Nina:
28歳。(笑)

ウェブマスター渡辺:
(動揺を隠せない)あれっ。
そんな違うんだ!僕、34 ・・・。

W. Watanabe:
アラフォーですね。

ウェブマスター渡辺:
・・・まだアラフォーじゃないっす(怒)。

W. Watanabe:
(笑)失礼いたしました。まだ誕生日でなかったですね。
ところで、日本で働こうと思った動機は?

Nina:
アメリカに引っ越してから、いつか日本に戻りたいって
ずっと思っていたことがまずあって。
大学卒業して2年くらい向こうで働いて、
2004年に一度日本に来たんだけど、すっごく楽しくって。
それで「日本に行こう」って決めて、
チケットを買っちゃいました!

W. Watanabe:
「One way ticket」 ですか?
カッコイイ~!

Nina:
そう!One way ticket!
姉が一足先に日本に来ていて、
当時彼女がフリーランスでエディターをしていた英文雑誌に紹介してくれたの。
アメリカにいるうちに電話でインタビューをして、
日本到着2日後にはもう働きはじめました。
そんな感じで引越しから仕事まで色々なことが一気に起こって、環境も変わって。
久しぶりの日本で、カルチャーショックに悩む暇がなかった!

W. Watanabe:
子どもの頃アメリカに引っ越したときみたいに?

Nina:
そうですね。
沢山のことを同時に色々考えなきゃいけないと、環境に順応しやすいような気がする。
時間に余裕があって悩む暇がありすぎると、行き詰まっちゃってたと思う。

W. Watanabe:
悩む暇も無く、集中的に色々吸収するって感じでしょうか?

Nina:
そうそう。
そっちの方が、無理矢理な感じはあるけど、
新しい環境に順応する時にはいいかなって、私は思ってます。
日本に来て最初に働いた英文雑誌社ではアシスタント・エディターだったんだけど、
他の2人の編集者がほとんど日本語使えないということもあって、
日本人のインタビューとか取材のお問い合わせなども担当していて、
日本の企業とのコミュニケーションは全部私が対応してました。

その時は、本当にわからないことが沢山あって
姉に「これはどうやるの?」って毎回メールで聞いてた。
・・・そう、最初の数ヶ月は、本当に大変でした!

W. Watanabe:
子どもの頃しか日本にいなかったのに、
突然日本でビジネス・コミュニケーションって、凄く大変そう!

Nina:
ほんと、クラッシュ・コースだった!
I needed to know , or fail!
色々なビジネス書を買って読んだり、インターネットで検索したり。
「日本語でのビジネス文書の書き方」が英語で説明された本はなかったので
日本語で書かれた「英語でのビジネス文書の書き方」というハウツー本を購入して勉強したりしました。
二人は帰国後、どうでした?ハウツー本とか買った?

W. Watanabe:
もちろん、買いました!

ウェブマスター渡辺:
僕はハウツー本とかではなくて、社内のメールのやり取りとかで勉強しました。
日本語がおかしかったことも多々あったようで(今でも?)、
メールの内容や日本語が「面白いよねぇ(笑)」なんて、言われたこともありました。
日本に帰ってきて初めて働いた日本の組織では
クライアント企業とのやり取りの際の敬語とかも大変だったなぁ。。。

Nina:
英文雑誌を退社した後、
日本企業の英字新聞を発行する編集部に入ったんだけど、
そこの企業文化には馴染めなかった。。。
職員は全員日本人で、広大なオフィスに何列も机が並んでて、
正面に部長と課長が座っていて。。。
一日中、し~んと静まり返って会話もなく、
みなさん各自仕事に没頭している職場で・・・。
・・・興味深い経験ではありました。

===== Vol. 2へつづく =====

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