テンプルこぼれ話

テンプル大学ジャパンキャンパス 広報部blog

「英語屋」を越えて

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昨日の日経夕刊のコラムで、「(日本人の)英語下手による発信力不足は国の損失だ」とありました。同様の指摘はよく見かけますが、まったくそのとおりだと思います。

 

ただ、国レベルの前に、「言葉の壁」によるコミュニケーション不足は、企業・組織にとって多大なる損失のはずです。

 

日本人同士、日本語で話していても意思疎通ができてないことは往々にしてありますから、コミュニケーションというのはそれ以前の問題、という指摘もありましょうが、ここでは日本人が「英語」という共通言語を介して外国人と一緒に仕事をしなければならない状況、を考えます。

 

たとえば、外資系企業で日本人社員が抱きがちな、「どうせ外人には説明してもわからない」という感情。そこには、

 

  • 英語で思うように主張できないもどかしさ、
  • それは違うと思っていてもなぜか言い負かされてしまう悔しさ、
  • ここは日本なんだぞ、おまえこそ日本語勉強しろ、という憤り、
  • 「どうせ」といって片付けてしまうことで、それ以上努力しなくていい気楽さ

 

なんかが混じっていると思われます。

 

だから会議では発言しないで黙っている。終わって部屋を出た後、日本人同士で顔を見合わせ、「外人はああ言ってるけどね、理屈はそうかもしれないけどね、実際そうはいかないんだから」と、そこから「実務レベル」の話し合いが始まる。

 

逆に、外人上司と英語で流暢にやりとりできる人のことを「あいつは英語屋だから」(つまり他の能力はない)、とやっかみ半分揶揄してみたり。

 

よく聞く、取るに足らないような話ですが、外人側も含めて何百・何千もの社員が、みんなこういうフラストレーションを抱えて仕事をしていたら、組織として非常な無駄じゃないでしょうか。日々の仕事はとりあえず回ってるから、誰も正面切って取り上げませんが、目に見えない、しかし大きな損失です。

 

そこでは、外国人と日本人の間をつなぐパイプ役の社員が、とても重要な役割を担っていると思います。

 

また、「どうせ」といって片付けない努力をした日本人は、必ずその先があると思います。私が過去働いていた外資系企業の日本人も、本社のトップに近づけば近づくほど、「どうせ外人」云々というニュアンスはまったく感じられなかったし、言葉の壁は意思疎通の壁にならない、と心の底から信じているのが伝わったものです。

 

テンプルジャパンの日本人卒業生は、「英語力」を売りにしています。もちろんそれだけじゃありませんが、即戦力としていちばんわかりやすくアピールできるのが「英語力」でしょう。彼らが就職先でたとえ「英語屋」と呼ばれたとしても、それを乗り越えて大事なパイプ役を果たし、グローバルな組織の中で、真に国籍と関係ない活躍をしてくれることを、祈っています。

 

それがひいては、「国益」にもつながるのだと思います。

(中川)

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